2013年2月 7日 (木)

飛ぶ

飛 ぶ  谷川俊太郎

あのひとが空を飛んだ
とうとうほんとに飛んでしまった
ほんとうに飛べるなんて思ってなかった
夢見てるだけだと思っていた

あのひとは野原をゆっくりと走りだし
綿埃みたいにふわりと浮き上がり
やがて高く高く青空に溶けこんでいった
地上に残した私のことはけろりと忘れて

いつあなたは捨てたの
何十年もためこんでいたあなたの人生を
あの哀しみ あの歓び あの途方もない重みを?

私は今日も空を見上げる
花のように私は咲く
はだしの足をやさしい春の大地に埋め

        ・・・・・・谷川俊太郎詩集
           「シャガールと木の葉」から転用。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年2月 6日 (水)

願い

 願い  谷川俊太郎

いっしょにふるえて下さい
私が熱でふるえているとき
私の熱を数字に変えたりしないで
私の汗びっしょりの肌に
あなたのひんやりと乾いた肌を下さい

分かろうとしないで下さい
私がうわごとを言いつづけるとき
意味なんか探さないで
夜っぴて私のそばにいてください
たとえ私があなたを突きとばしても

私の痛みは私だけのもの
あなたにわけてあげることはできません
全世界が一本の鋭い錐でしかないとき
せめて目をつむり耐えて下さい
あなたも私の敵であるということに

あなたをまるごと私に下さい
頭だけではいやです心だけでも
あなたの背中に私を負って
手さぐりでさまよってほしいのです
よみのくにの泉のほとりを

   ・・・・・・谷川俊太郎詩集 
           「シャガールと木の葉」より転用

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

久しぶりに手にした谷川さんの詩集。
開いたらところにあったのが、この一遍だった。

親しい友人の発したなにげない一言に深く心をえぐられたまま一週間。親しい友人との友好な関係を保つために「聞かなかったことにしよう」と思ったのだけれども、だめだ、こころに傷はぽっかりと口を開き、お前は病気だ、お前は病気だとわたしを苛んでくる。

友人に手紙を書いた。
彼女を責めることばが並んでいて、
この手紙を読んで傷つくであろう彼女を思うと、
とうとう出せないままの、便箋五枚。

だれか「あなたは健全よ」と折り紙をつけてはくれぬか。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2011年6月12日 (日)

絵本を選びに

雨が大降りの日曜日。
たまてばこの例会に出かける。

来週、隣校区のマンモス小学校へ「出前おはなし会」に出向く予定で、その練習をする。対象は2年生と3年生、それぞれ4クラスで合わせて200人程度らしい。
導入は大型絵本「あるのかな?」と「まさかさかさま」のペープサート。
メインは大型布芝居「まあちゃんの長い髪」。

20090009

練習を終えた後、図書館で絵本を選ぶ。
再デビューした地域の小学校での「朝の読書」、通称「あさどく」のための絵本選び。対象はこれも2,3年生。

季節性のあるものをと考えて、
エリック・カールの「さみしがりやのほたる」
はせがわせつこさんの「かさ さしてあげるね」
「かばんうりのガラゴ」は若い絵本作家島田ゆかさん作。
この三冊をセレクト。

20090011

家事の合間をぬって、さあ練習、練習。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2011年2月24日 (木)

子どもたちの遺言

先日、図書館で借りた一冊の詩集。

  子どもたちの遺言/佼成出版社)
         谷川俊太郎・詩
         田淵 章三・写真

作者の谷川さんのあとがきは、「子どもの身になって」というタイトルがついていて、
『この連載詩は、はじめ作者である私が子どもたちに向って遺言を書くという発想だったのだが、私はむしろ死に近づきつつある大人よりも、まだ死からはるかに遠い子どもが大人に向って遺言するほうが、この時代ではずっと切実ではないかと思って、発想を逆転させた。生まれたばかりの赤ん坊に遺言されるような危うい時代に私たちは生きている、そう感じているのは私だけだろうか。』と結ばれていた。

わたしの次女は現在二人目の子どもを身ごもっているが、妊娠を知ったばかりの彼女が発したことばをわたしは忘れない。
「(二人目の妊娠は)とてもうれしいことなんだけど、この時代、手放しでは喜べない気がする。この子たちが大人になったとき、日本は、地球はどうなってるんだろう?幸せどころか普通の暮しができるんだろうか?そう思うと産むのが恐くなる。こんな時代に産んでごめんねって言いたい」

確かに危うい時代である。
身ごもった母親が、ごめんねを言わねばならない時代なのだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年9月30日 (木)

ふまじめ介護

と、まあ、このわたしのためにあるような、タイトルではありませんか。

著者は、講談師「田辺一鶴」を師匠とする田辺鶴瑛さん。
田辺さんの「涙と笑いの修羅場講談」です。

20090009

私設ケアマネである友人が
「あんた、がんばりすぎるから」とこの本を勧めてくれました。

「ムリしない」「面白がる」「ずぼら介護の極意」
読みやすくて、笑いながら一気に読みました。
それ以来、わたしはこの歌ばかり唄っています。

 ぼくらはみんな生きている/生きているからボケるんだ
 ぼくらはみんな生きている/生きているから汚すんだ

ちなみに、この歌は著書に掲載されているものではありません。
わたしのわたしのための替え歌です。
ほんと、この歌、ゲンキが出ます、間違いなく。
今朝も掃除機をかけながら大声でこの歌を唄い、
「やかましか」と、ばっちゃまからおこごとをいただいたのでした。
ごめんなさい。
ちょっと調子に乗り過ぎました。ぺこり。

・・・・・・・・・・・・・・・

と、この記事を書いたのは昨夜遅く。
読み上げたのは、二、三日前。

で、たったいま、台所におきっぱなしにしていたこの本をなーんと、ばっちゃまが読んでいます。笑
むむむ。介護する気か??おのれを。はたまた、じっちゃまを。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2010年4月 7日 (水)

赤毛のアン

ただいま、40年ぶりに「赤毛のアン」を読んでいます。
そうです、あのモンゴメリさんの不朽の名作です。
図書館から借りたのではありません。
病院の待ち合い時間に書棚にあったものをぱらっと読み始めたら、なつかしくて、おもしろくて、読み止められなくなりました。院長先生の娘さんのお古らしい古びた上下巻、「偕成社文庫」定価700円とありました。受付で貸していただきたいと申し出たら、奥様が出てみえて、こころよく貸してくださったのです。

笑ったり泣いたりしながら、昨夜、上巻を読破。
今夜、下巻を読み終えるつもりです。

空想好きな赤毛のアン。
同じように空想ばかりしていた子ども時代のわたしがそこにいました。赤毛ではなく、漆黒の髪の毛を持つ空想好きな12歳のわたし。
そのわたしに再会するために、
さあ、今夜も早めにお風呂を済ませて、
じっくりとこの一冊と真向かいましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月30日 (月)

子盗り

子 盗 り  
  海月ルイ著/文藝春秋発行)

 海月ルイ・・・・1958年、京都市生まれ。1998年、「逃げ水の見える日」で、第37回オール読物推理小説新人賞受賞。2002年、本作品で第19回サントリーミステリー大賞・読者賞ダブル受賞。

この作品、いわゆる推理小説ではない。舞台は京都。加茂川の源流が流れ、植林のやまなみが連なる山間の町。地縁血縁がいまも重要視される閉塞感の濃い町に住む、旧家の跡取り夫婦が主人公。跡取りとなる子どもを身ごもれない妻がしだいに心身ともに追い込まれていく。

作品全体に感じるイメージは灰色の世界。絶望的な暗さ。
たとえ物語の季節が真夏であっても、なぜかそこには真冬のような冷たさが横たわっている。悪意の描き方にやや極端なものを感じるものの、次の展開が気になって一気に読み上げてしまえる作品。

読後感はそう悪くない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年11月14日 (土)

魂のほかには何も。

「1Q84」をようやく読み上げた。一気に読みたい、また読める作品内容だったのだが、いろいろ野暮用に追われて、思いのほか時間がかかってしまった。

言うまでもなく、村上春樹さんの話題の新作。

村上作品はここ数年に数冊読んだだけなのだが、これまでとはちょっと作風が違っていて、親しみやすいというのまず第一印象。文体もこれまでのアメリカ作家的な言い回しが若干ながら薄められていたように思う。各章節のタイトルのつけかたはこれまでと同じで、凝りに凝ってる。

これまでと違うと言えば、今回の作品はいやにセックスシーンが多い。それも、インモラルなセックスのカタチが頻繁に描かれている。青豆に「処理」される男たちの正当な理由や、少女たちが負った傷の深さの度合いをあらわす資料として、ここに描かねばならなかったのだろう。

主人公はふたり、同い年の青豆と天吾。それぞれの物語がどこかで交錯してくる。おもな登場人物は、青豆、天吾、17歳の不思議な少女「ふかえり」、老婦人と彼女を護る、魅力的なボディガードマンのタマル。そして、なにものなのか、最後まで理解できなかったリトルピープル。

これからお読みになる方のために、あらすじは割愛し、印象に残ったフレーズ(天吾のことば)を紹介するにとどめたい。

「ぼくはなにも持ち合わせてはいない、魂のほかにはなにも」
村上ワールドを指し示すフレーズは、今回も随所にちりばめられている。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年10月28日 (水)

今季のテーマは昔話。

ももたろう、きんたろう、うらしまたろう、したきりすずめ、かちかちやま。

これらの昔話をみなさんはどうやって知りましたか?
テレビ?絵本?それとも、ばあちゃんからの寝物語?

わたしがこれらの物語を聞いたのは、すべて、ばあちゃんから。眠る前に話して聞かせてくれたものばかり。

ところが、小学生になって自分で絵本を読んでみると、ずいぶんストーリーが違ってた。ばあちゃん、きっと、眠たかったんだろうねえ。中身、ずいぶん割愛してるんだもの。笑

いまどきの小学生はこれらの昔話をほとんど知らない。親世代が知らないから、伝わるわけがない。わたしだって、こどもたちにたぶん聞かせてなんかいないだろう。

というわけで、おはなしの会「たまてばこ」、今季のテーマは昔話。

地元の中学校からお呼びがかかって、来月、学校へ出向くことになった。二人一組で一クラスを受け持つ。わたしの担当は「じゅげむ」そして、「たからげた」の素話(絵本は見ずに諳んじて話すもの)。おのれの、記憶力との戦いでもある。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年10月22日 (木)

じゅげむじゅげむ

落語絵本「じゅげむ」から

「寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚水行末雲来末風来末食う寝る処住む処藪ら柑子藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助」

お寺の和尚さんに考えてもらったすべての名前を名づけてもらった男の子の名前。

「じゅげむじゅげむ、ごこうのすりきれ、かいじゃりすいぎょ すいぎょうまつ、うんらいまつ、ふうらいまつ、くうねるところにすむところ やーぶらこうじにやぶこうじ ぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがん、しゅーりんがんのぐーりんだい、ぐーりんだいのぽんぽこぴーのぽんぽこなーのちょうきゅうめいのちょうすけ」

読み聞かせするのも大変なんでござる。

とりあえず、この男の子の名前を丸ごと暗記するところから。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧