2012年1月25日 (水)

バーチャル歌人・シンガー、そして俳人登場

かささぎの旗より31文字倉庫のほうがふさわしい話題なのでこちらに書きます。
「星野しずる」について。
星野しずるさんって女性だったのですね(↓)
短歌の自動生成の原理が解説してありました。

① 語彙をあらかじめ、修飾部(s)・名詞部(m)・述部(j)の三つにわけ、さらにそれを音数別の袋(s3~s7、m2~m6、j3~j8)に小わけする。
② 短歌っぽいリズムの「レシピ」(15~20種類)に則って、袋から単語を取り出して並べる。

それだけでした。
二つの語彙の組み合わせによる「二物衝撃」の面白さは語彙の豊富さとはとくに関係がないことを確認したくて、語彙数をあえて500語程度におさえているのだそうです。
語彙は、「現代短歌でよく目にする、いかにもな言葉」に、作者が恣意的に犬とか猿とかを加えています。

作者の言葉
「僕はもともと、二物衝撃の技法に頼り、雰囲気や気分だけでつくられているかのような短歌に対して批判的です。そういう短歌を読むことは嫌いではないですが、詩的飛躍だけをいたずらに重視するのはおかしいと思っています。かつてなかった比喩が読みたければ、サイコロでも振って言葉を二つ決めてしまえばいい。意外性のある言葉の組み合わせが読みたければ、辞書をぱらぱらめくって、単語を適当に組み合わせてしまえばいい。読み手の解釈力が高ければ、わりとどんな詩的飛躍でも「あるかも」と受けとめられるはずだ……。そう考えていました。その考えが正しいのかどうか、検証したかったのが一番の動機です。」
「今は語彙をセーブしてあるため、たくさんつくらせると同じ単語が出てきて少々飽きがきますが、単語を多めに入れて、頻繁に入れ替えていた頃はそれもありませんでしたし。短歌を鑑賞する脳が期待していた以上に刺激されるため、詩的飛躍のある歌を詠む歌人は、もう彼女一人でお腹いっぱいという気持ちになることもあります。この手の短歌を詠むなら「星野しずる以上」をめざしてほしいし、そういう本当に斬新な短歌にもっと出会いたいと思っています。」
「星野しずるの短歌をたくさん読んでいくと、何首かに一首、はっとさせられる短歌を見つけることができると思います。人間ではつくれないような新鮮な暗喩をつかったり、時には逆に、まるで人間がつくったかのような深淵な意味が読み取れてしまう短歌も出てきます。まずはそのおもしろさを楽しんでほしいですね。その上で、人間の持つ「理解しようとしてしまう力」の潜在的な高さについて驚いたり、読み手依存型の創作の怖さに気づいたり、創造性がほんとうに発揮されねばならない場所とはどこなのか再考したりしていただければ幸いです。」

星野しずる、9月22日の作品より。

ゆびさきのどこかで恋のオカリナは悔し涙の香りを殺し
いらだちをたどってゆけば水色の痛みの人のそばでなわとび
嘘つきのふたりを憂うとけてゆくかすかな午後を追いかける母
とくべつな花を追いかけ運命はおどけた街であるかのような

投稿: 乙四郎 | 2010年9月22日 (水) 10時24分

乙さん。

これ、わたしにとっては、衝撃でしたねえ。
初音ミクというバーチャルシンガーだけでも驚いたのに、
今度はバーチャル歌人でしょう?
正直、ありえないと思った。
でもね、作者の意図を読んで俄然興味が湧きました。

>かつてなかった比喩が読みたければ、サイコロでも振って言葉を二つ決めてしまえばいい。意外性のある言葉の組み合わせが読みたければ、辞書をぱらぱらめくって、単語を適当に組み合わせてしまえばいい。

事実、辞書をめくって、意外性のある語彙をあさった経験がある身ですゆえ。笑
その上、バーチャル歌人が語彙を並べて偶然的に完成したであろう31文字に、ひそかにへえとうなづいてしまっているヤマシタであります。

ところでねえ。
創造性がほんとうに発揮されねばならない場所とはどこなのか、だれかその答えを教えてはくれぬだろうか。

投稿: seiko | 2010年9月22日 (水) 19時50分

恋のオカリナの歌はなかなかいいと思いました。
人間の大会に出しても結構いい線いくのでは、と思ってたら、既に星野しずるさんは受賞されていました。
    ↓

投稿: 乙四郎 | 2010年9月22日 (水) 22時23分

j受賞作のひとつ。
いいよね。

朝焼けを見ている濡れたライオンはサッカー部員の誰かに似てる
(星野しずる) 

投稿: 乙四郎 | 2010年9月22日 (水) 23時36分

乙さん。

>痛みの人のそばでなわとび
>おどけた街であるかのような

はっとするような比喩でしょ?
単なることばの羅列ではなく、練りに練った比喩のような錯覚があります。
そして、朝焼けのライオン。
もうこれは完成度の高い作品であると思います。
ってさー、これ、星野しずるを作った作者の作品じゃないの?
本当に自動生成??
どう見ても偶然の産物ではないでしょう。

投稿: seiko | 2010年9月23日 (木) 08時02分

佐々木あらら  

記憶した。
彼は女性?いや本当に男性??

投稿: seiko | 2010年9月23日 (木) 08時05分

紹介した佐々木あららさんの受賞挨拶の前文がありました(↓)。
次のくだりが省かれていました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
最後に。「枡野浩一短歌賞」をいただくことは大変喜ばしいことですが、ひとつだけ悔しいことがあります。星野しずるが獲る前に、まず、自分の短歌で獲りたかった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ところで、これらの短歌の作者は「星野しずる」ですが、これとは別に「生成者」というのもあるみたいです。
たとえば、「恋のオカリナ」も「痛みの人のそばでなわとび」も、乙四郎が生成者です。
ページへ飛び込んで来た一人のためだけに星野しずるさんが短歌を生詠み、そこで気に入った作品があったらクリックして多くの人へ紹介するシステム。紹介しなかったら、作品はその場で消えてしまいます。

投稿: 乙四郎 | 2010年9月23日 (木) 09時16分

星野しずる研究
(ホントに文芸論の一研究分野になりそうですね)
やはり文芸の本質的な部分には「語彙の選択」があるのだと思います。
星野しずるさんに語彙を与えたのは佐々木あららさんなので、佐々木あららさんとの共同作品だと言ったほうがいいでしょう。
驚くべきは、与えた語彙の少なさ。
「星野しずる」の語彙数はわずか550個(名詞部250個、修飾部150個、述部150個)、構文数は20種類なのだそうです。
これらの語彙が、(佐々木あららによる)星野しずるの作風となっています。
たとえば語彙を入れ替えたら、ひょっとして鑑賞に価しない駄作ばかりになるかもしれません。逆に、語彙を入れ替えると、別の作風で秀作を次々に生成するかも。
たとえば宙虫さんには、特有の、宙虫ワールドがありますが、宙虫さんの作品群を分析して宙虫さんの好まれる言い回しや語彙を星野しずるに与えれば、ひょっとして歌人「宙虫」さんを生成できるかもしれません。楽しいですね。

投稿: 乙四郎 | 2010年9月23日 (木) 09時46分

えええ??
>痛みの人のそばでなわとび
>おどけた街であるかのような

つい誉めてしまったこのフレーズが乙さん作品?
なにい??

投稿: seiko | 2010年9月23日 (木) 10時01分

>つい誉めてしまったこのフレーズが乙さん作品?

作は「星野しずる」。
「自動生成」のボタンを押したのが乙四郎

投稿: 乙四郎 | 2010年9月23日 (木) 10時18分

これまで多くの前衛俳人がやってきたこと、戦ってきたことかもしれません。おつしろうさんがかかれたことは。
偶然性の問題。それとニ物衝撃、異物衝撃。俳句のよさはまさしくそれでキマル場合が多いから、短歌より切実にそれを欲したかもしれない。
かささぎは天籟通信を前衛先輩集団にくっついてやめた一人ですが、(もうずいぶん昔の話です)、その中の一人がずいぶんそれで叩かれていました。ほら、手術台の上のミシンとこうもり傘論、ありますでしょ、有名な。そんな異物衝撃にであいたくて、ことばから意味をぬく、と称して、さかんに実験的な作品をかいていた人がいたのです。
気持はわかるけど、そのころはなんてばかなことをしてるんだろ。って思いでみていた。なつかしい。そしてせつない。いまもあんな作品つくっているんだろうか?それとも、ただのばあさんになれたかな。どうかそうあってほしいよ。

かささぎは、香川宜子氏のザヴァイオリンをちびりちびり読んでたころ、竹橋乙四郎がそれを一晩で読み上げ、連句的な章を付け足したかと思うと、猛烈なスピードで、まるでなにものかに取り付かれたかのように、浜寺俘虜収容所のロシア兵を書いたでしょう。
あれをあっけにとられてみていたんだけど。
なんだかひじょうにせつなくなりまして。
このひとは、いったいどこへいけば、あるいはどんな詩形なら、じぶんをおもいきりだせるんだろう。って、人事ながら気になったんだよ。

かささぎが、だんだんネットで連句をまきたくなくなったのは、だんだん自由ではなくなっていくような気がするからです。まるで真綿に首をしめられるように。
やはり、座に勝るものはありません。究極の偶然性。
一回こっきりの完全なる自己の檻からの解放がそこにはある。

ってことで。さいごはやはり、連句の宣伝になりました。ごめんね。

投稿: かささぎ | 2010年9月23日 (木) 15時37分

乙さん。
ボタンを押したのがあなたってことなの?
なんだ、なんだ。なんだよ~~。
でもね、あなたはあなた単独で、つまり乙四郎の名を冠した作品で自己表現するべきだと思う。すでに散文的なものや学術的なものについては膨大な量を想像してこられたことと思いますが、ここはやっぱし端子系文学でしょ。あら、いやだ、短詩系文学でしょう。
連句も楽しい。ですが、連句は個人の作品ではない。あくまでも共同作品なのです。あなたはあなた自身のことばであなたらしさを特出した短詩系文学で自己実現なさることが必要なのではないでしょうか。
>やはり文芸の本質的な部分には「語彙の選択」があるのだと思います
おっしゃるとおり。
これがここまで理解できているあなた。
ぜひ、短歌をはじめなさい。やまなみにおはいんなさいっ。
と、せつに願ってやみませぬ。
投稿: seiko | 2010年9月23日 (木) 19時51分

ひめ。
>偶然性の問題。それとニ物衝撃、異物衝撃。俳句のよさはまさしくそれでキマル場合が多いから、短歌より切実にそれを欲したかもしれない。

確かに、俳句の場合は、季語を使わねばならぬ、という縛りの上に17文字という文字数の制限があるので、余計に語彙の斡旋がむつかしいと何度も痛感した。
でも、意外性だけで完結した作品群があったらたぶん読み手はげんなりすると思わん?どれもが同じような風味でゲップが出そうになると思うよ。
その点では、連句はすべてを網羅してる。

投稿: seiko | 2010年9月23日 (木) 20時05分

ロンドンオリンピックの開会式で歌ってほしい歌手の堂々第一位に、レディガガなど一流アーティストを抜いて、この人が選ばれました。(↓)
星野しずるの時代も近いかも。

投稿: 乙四郎 | 2012年1月23日 (月) 12時18分

ロボット俳人の登場です(↓)
何人かいますが、これは「ゆかりり」さん。
星野しずるに触発されて出来たロボットだそうですが、なかなかすごいよ。

投稿: 乙四郎 | 2012年1月23日 (月) 12時56分

ゆかりりの作者のブログ(↓)へお邪魔したら、連句もやっておられた!
そして何と12月31日付の「七吟歌仙・極月の巻 」(起首:2011年12月15日(木)満尾:2011年12月31日(土) )の発句は
   極月のピアノに映る焰かな      ぽぽな
でした!
おまけに、ここでは、
自由律歌仙 藤棚の巻
起首:2011年 5月 3日(火)
満尾:2011年 5月16日(月)
回文歌仙 譲りしはの巻
起首:2011年 5月28日(土)
満尾:2011年 6月23日(木)
などという驚愕の歌仙も!!

投稿: 乙四郎 | 2012年1月23日 (月) 13時12分

えええ???
乙さん、すっごい情報教えてくれるわねえ、あなた。
驚愕の事実がつぎからつぎへ。笑

初音みくさんが選ばれたことしかり。
星野しずる俳句版がでたことしかり。
それに、
自由律の連句に、
回文の連句ですって?
しんじられん。

ですが、いちばんのおどろきは、ここにぽぽなさんの名前が出てきたことよ。
 >極月のピアノに映る焔かな ぽぽな

彼女、すごい人物ねえ。

   

投稿: seiko | 2012年1月23日 (月) 13時21分

初蝶やひかりのやうな雨の草      ゆかりり

ゆかりり、はロボット俳人です。
回文歌仙(↓)は、すべての句が回文でした。
さすがに、これにはロボットは参戦できず、作者の「ゆかり」さんが、ぽぽなさんの発句に脇を付けています。

譲りしは闇の火のみや走り梅雨       ぽぽな
    卯の花腐しを仕度縄の鵜         ゆかり

投稿: 乙四郎 | 2012年1月23日 (月) 13時21分

驚きは続きます。
回文連句は掲示板で巻かれていますが、捌き(ゆかりさん)が式目を示して進行していました(↓)。単に回文を集めただけではなく、ちゃんとした歌仙なのでした。
他の巻で連句初心者が参入された時など、その都度懇切丁寧に式目が示され、かささぎさんの捌き同様、勉強になります。(まったく覚えようとしない自分が悪いのですが・・・)
中には、初めて知るようなこともありますが、捌きの流儀であって式目ではないのかもしれません。
回文の巻を全引用したりしたら編集著作権に触れますが、ご縁に免じて、ぽぽなさんの句だけを抽出して紹介します。挙句も見事です。
あちらの掲示板と連句の交流戦ができたら面白いかも。

発句
譲りしは闇の火のみや走り梅雨       ぽぽな
ウの6句目
雪にやさしき岸さやに消ゆ          な
ナオの2句目
芒はらりと鳥等はキスす           な
ナオの5句目
風俗なないろ風呂いななく臓腑        な
ナオの11句目
八日月閨のあの屋根気遣ふよ         な
挙句
遠のき乗るは春の木の音           な

投稿: 乙四郎 | 2012年1月23日 (月) 17時13分

この回文歌仙のひとつ前の自由律歌仙にはロボット達もたくさん投句していました。
ロボットをスマホに組み込んでおけば連句興行が楽になるかも。

投稿: 乙四郎 | 2012年1月23日 (月) 17時31分

こりゃ、第一位にもなるわいな。
初音ミクのライブ(↓)。

投稿: 乙四郎 | 2012年1月24日 (火) 15時31分

早着替え(↓)。当たり前か。

投稿: 乙四郎 | 2012年1月24日 (火) 17時06分

初音みくが唄ってます。
「わたしはただの音源ではない」って。
侮ると痛い目に遭うって。
まさに。いえてる。

音源にバーチャルアイドルを創造して、
いえ、くっつけて、
そのうえ、ばーちゃるなライブまでさせてしまう。
日本の映像ソフト開発者の発想ってすごいね。

ねえ、これって、コンピューターの世界でしか観れないわけでしょ?
パソコンがあれば、テレビも、電話も、ファックスもいらない。
なんでも、これで済ませられるし。
いまにきっと企業だけでなく、一般家庭もそうなっちゃうんだろうねえ。
いや、長生きはするものよ。笑

投稿: seiko | 2012年1月25日 (水) 16時02分

俳句自動生成↓

http://yukari3434.web.fc2.com/yukariri.html

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2011年9月26日 (月)

葛野から山下影姫?

宇佐を目指した磐井のその後を追いかけていたら、連載進行中の面白いブログ(↓)を見つけました。
このブログ主は秦氏を追いかけていたら磐井を見つけたようです。
なんでも、磐井の乱の後、豊の国の秦一族が忽然と姿を消したのだと。
ところで、出雲大社の拝礼作法は「二礼四拍手一拝」だそうで、四拍手は「死拍手」で霊を封じ込めるのだとか。殺害された神の霊には祟りで災いを起こす力があるので、その霊を静めるために祟りを静める拝礼作法が必要というわけです。
出雲大社の場合、殺害された神とは大国主命。大物なので大きな社殿です。
全国にもうひとつ、「二礼四拍手一拝」を拝礼作法としている大きな社殿があります。
宇佐八幡宮です。
ところが、ここに祀られている神は殺害されたわけではない神功皇后や応神天皇などです。
社殿の大きさから、本来、大国主命に相当するくらいの大物の神の怨霊を静めるために建造されたものであるはず。
磐井が宇佐を目指して姿を消したのは528年。
宇佐八幡宮の本宮が創建されたのは571年。
それはそうとして、今日の西日本新聞の夕刊。
福岡市の古墳から銘文が刻まれた570年製造の鉄製の大刀が出土したと。
この刀で磐井の首を落としたか。

投稿: 乙四郎 | 2011年9月21日 (水) 23時23分

それがあるから、太宰府の観世音寺宝蔵のおおくにぬしのみこと像がきになるんだろうか。
しょぼーんとした像なんです。
なにかをつよくうったえてくる。
機会があればみにいってくれ。

宇佐の今仁が夫の祖の出自。
その隣に横光リーチの父方の故郷。
利一の母方の祖は芭蕉とつながる。

きのうの出土のそのすごいニュース、まだよんでません。
でも、日本にだけ文字がなかったわけではないとわかってよかった。けされたことがたくさんあるということですね。

投稿: かささぎ | 2011年9月22日 (木) 09時37分

磐井の時代の西暦400年に建立された高良大社について。
磐井の守護神社だったはずの神社が、大和朝廷の統治下になっても神社として継続しているのですが、ならば、そこにいる神様は何者?
10月は日本の神たちが出雲大社に集まることから神無月といいますが、高良の神様だけは出雲大社には行かないので筑後国では10月を神有月というのだそうです。
何様?
Wikiの解説によると、
~~~~~~~~~~~~
延喜式神名帳には「高良玉垂命神社」と記載され、名神大社に列している。筑後国一の宮。また、ご祭神の高良玉垂命は国内最古の神名帳とされる『筑後国神名帳』によると、朝廷から正一位を授けられたとされる。
~~~~~~~~~~~~
この高良玉垂命という神様は日本書紀にも古事記にも記録されていないとのこと。そのような神様を大和朝廷が正一位の神様として認めるわけがなく、大和朝廷側の神様を宛がわなければなりません。
「筑後国高良玉垂宮(中略)祭る所玉垂命なり。天平年中武内宿禰荒木田襲津彦を相殿と 為す」(「民部省図帳残闕」)
と、後年(天平年中=8世紀)になって、武内宿禰と荒木田襲津彦が高良大社の神様とみなされるようになったことが記録に残っています。
武内宿禰の母は山下影姫(紀国造の祖、宇豆彦の妹)です。荒木田襲津彦は武内宿禰の子ですが、葛城襲津彦という名のほうが一般的で、葛城氏の祖です。
荒木田氏は伊勢神宮内宮の禰宜の氏族。荒木田守武は俳諧の祖。

投稿: 乙四郎 | 2011年9月23日 (金) 01時06分

山下影姫とは
~~~(某ブログより引用)~~~
応神、仁徳王朝のキイマンは武内宿禰である。出自は開化天皇の父の孝元天皇と伊香色謎命の子の彦太忍信命の子の、屋主忍男武雄心命が紀伊の宇治彦の女の山下影姫を娶って生まれたとしている。物部の血が流れている。紀の国に武内宿禰誕生の地などの伝承が残るが、母とされる山下影姫の姿が見えない。福岡県小郡市の竃門神社、八女郡水田村の玉垂神社に祭神として祀られている。神社は少ないが存在する事は、紀伊の宇治彦の女の山下影姫は、実は九州の女であったのかも知れない事を示している。東征した神功皇后のモデルの女性かもしれない。

投稿: 乙四郎 | 2011年9月23日 (金) 08時39分

このブログ(↓)によると、山下姫こそが高良玉垂命につながるキーパーソンのようです。神功皇后のモデルかも、というのも頷けます。
山下姫については、かささぎの旗の昨年3月20日に詳しい。
山下姫様の末裔に平伏!!

投稿: 乙四郎 | 2011年9月23日 (金) 08時57分

偶然の一致か、運命の必然か。
このブログ(↓)の連載に、ちょうど、田油津媛と神功皇后の戦いのくだりがアップされました。

投稿: 乙四郎 | 2011年9月23日 (金) 12時32分

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2011年9月22日 (木)

葛野から田油津(タブラツ)姫生るる

「葛」の字から磐井の子の「葛子」を連想しました。
固有名詞ではなく、先住民族である国栖の子、という意ではなかろうかと突然のヒラメキ。
先住民族・土蜘蛛のうち、皇室に帰順して皇室の忠実な追随者になった者を国栖と称した(↑)というのですから、反逆者磐井の血筋でありながら皇室に忠誠を示して死罪を免れた史実に符合します。葛子が生き延びた=筑後地区の先住民族は全滅を免れた。
磐井の少し前、卑弥呼の少し後の時代、筑後地方の土蜘蛛のリーダーは田油津(タブラツ)姫でした。神功皇后と大和町鷹尾で一戦を交えて敗れた伝説の女性リーダーです(↓)。
タブラツという日本語としては馴染みにくい名前からはアブラカダブラを連想します。
アブラカダブラはヘブライ語でabreq ad habra (アブラケ・ダブラ)。原義は「雷石を投げて死に到らしめよ」で「私の言うとおりになれ」の意で用いられるのだそうです。
土蜘蛛も日本の民族名としては少し違和感がありますが、「この人、つねに穴の中に居り。故、賤しき名を賜ひて土蛛といふ」というのが語源だそうです。
ちなみにヘブライ語で「穴に住む者たち・岩の裂け目に住む者」のことをトシュエイグモというのだそうです。

投稿: 乙四郎 | 2011年9月14日 (水) 15時11分

神功皇后(170-269)
卑弥呼(170-248)
田油津媛(???-200)
同時代に生きた3人の女リーダー。
神功皇后は卑弥呼との同一人物説あり。
田油津媛も卑弥呼との同一人物説あり。
ならば、神功皇后と田油津媛とが同一人物という説があってもよい。
作った者勝ちなので作ってみました。
神功皇后は日本書紀では気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)と称されています。
古事記では大足姫命皇后です。
よほど足が長かったのでしょう。
土蜘蛛族も足が長いことが特徴。
神功皇后は土蜘蛛族の女リーダーだった!
神功皇后が田油津媛を殺したという伝説は、もともとの土蜘蛛族の支配領域を神格化せんがための創作では。

広川町の気長足姫神社が気になります。

投稿: 乙四郎 | 2011年9月16日 (金) 17時32分

神功皇后が日本武尊の子の仲哀天皇と同居し、応神天皇を産んだのは福岡県。
神功皇后の父は、開化天皇の玄孫の息長宿禰王(おきながのすくねのみこ)。
神功皇后の母は、新羅の王子の天日矛(アメノヒボコ)の後裔といわれる葛城高顙媛(かずらきのたかぬかひめ)。
ここまではwikipediaで出てくる情報ですが・・・
「葛城」って、国栖(土蜘蛛)じゃん!
新羅の王子の後裔なのに新羅征伐に遠征したのはなぜ?
神功皇后を祀ってる神社が数多いのに、気長足姫神社を名乗ってる神社は広川町だけみたいのはなぜ?
謎は深まります。

投稿: 乙四郎 | 2011年9月16日 (金) 23時08分

磐井も新羅のシンパだったし。
「葛」(国栖=土蜘蛛)は古代史を再構築するキーワードに思えてきました。

いにしえのダンプかーちゃん葛野かな

投稿: 乙四郎 | 2011年9月16日 (金) 23時25分

>現在では実在説と非実在説が並存している。

子の応神天皇以降は実在が定説。
実在の人物の実母なのだから実在だろうに。
新羅の後裔だったり、土蜘蛛だったりというのが皇室系譜には都合悪いというのであれば非実在ということになるかも。
伝説の日本武尊と実在の応神天皇とを結ぶポイントに陰が薄い仲哀天皇がいて、ここだけ配偶者の神功皇后の存在感が増しているという歴史的変曲点。
土蜘蛛族の女リーダーが、跡取り息子が九州入りした時に篭絡して子をこさえて実権を得た、というストーリーはいかがでしょうか。
新羅遠征時の子なので本当に仲哀の子かどうかも疑わしいのですが。
スクネおじさまの隠し子説もあるようです。
天皇と皇后が九州以外では別居生活、というのも不思議。
いずれにせよ、ワケあり満載の女性です。

投稿: 乙四郎 | 2011年9月17日 (土) 10時02分

仲哀天皇の祖父すなわち日本武尊の父の景行天皇(紀元前13年-130年、143歳!!)の異称は大足彦忍代別天皇(おおたらしひこおしろわけのすめらみこと)。こっちも大足?
歴代天皇名に「足」が出てくるのはここから。
皇居は纒向日代宮(奈良県桜井市穴師)。晩年は志賀高穴穂宮(滋賀県大津市穴太)。
穴に住んでいた?
景行天皇は西暦82年に筑紫(九州)に入り、豊後国で土蜘蛛を誅して88年まで日向国に暮らした後、89年まで熊県(熊本県球磨郡)、葦北(同葦北郡)、高来県(長崎県諫早市)、阿蘇国(熊本県阿蘇郡)、的邑(福岡県浮羽郡)を巡ったとされています。
八女の奥地も巡行(↓)し、八女津媛伝説が生まれています。
景行天皇の行跡は山道ばかり。
景行天皇自身が土蜘蛛であったのか、それとも土蜘蛛の女性と生活を共にしていたのか。

投稿: 乙四郎 | 2011年9月17日 (土) 10時48分

景行天皇には何人もの奥さんとの間に80人もの子どもがいます。
日本武尊は最初の奥さん(皇后)との間の子でしたが皇位継承ならず、二番目の奥さんとの間の子が継承しました。
しかし、次の皇位は日本武尊の子の仲哀が奪還しました。
以下、仮説。
奪還を仕組んだのは土蜘蛛の神功皇后。
熊襲征伐を大義名分に仲哀天皇を九州へおびき寄せた。
神功皇后は、熊襲征伐を急遽取りやめ、先祖のゆかりの地、新羅へ出向いて今後の日本征服計画を話し合う。
新羅と土蜘蛛は、九州王朝に皇室の権力を禅譲させようと企てる。
企てを知った旧勢力は、応神天皇を軟禁し、土蜘蛛新勢力を遠ざける。
新羅は九州王朝(磐井)との貿易を強め、馬を贈るなど、磐井に力をつける。
大和朝廷は百済と組んで磐井を討伐する。

投稿: 乙四郎 | 2011年9月17日 (土) 12時00分

土蜘蛛ブログ
    ↓

投稿: 乙四郎 | 2011年9月17日 (土) 13時54分

土蜘蛛の意味の一致を前に書きましたが・・・
ヘブライ語で「神」はYHWHと表記されるのだそうです。
これをどう発音するかは、英語圏ではヤーウェだったりィエホヴァだったり。
しかし、アルファベットの「Y」に置き換えられたもともとのヘブル文字は、発音としては「I」に近く、IHWHとも表記されます。
より忠実な発音は「イワヒ」みたいです。

投稿: 乙四郎 | 2011年9月19日 (月) 23時56分

ついでに、

「邪馬台」の昔の発音は「ヤメツ」だとか。
ヤメツでぐぐったら出てきました。
八女津媛=邪馬台媛

投稿: 乙四郎 | 2011年9月20日 (火) 00時18分

ヘブライ語で「クス」は黒いことだそうです。
旧約聖書の中に「クス」(クシュ)という種族が出てくるそうで、「先住民」みたいな用例。
ヘブライ語の「サイ」は、英語では「サイケ」「サイコ」に転訛していますが、「霊」の意。
土蜘蛛の別称のひとつに「サイキ」(佐伯)がありました。
土蜘蛛(トシュエイグモ)の神(イワイ)や葛(クス)の子らが大分に定住して霊(サイキ)的存在となった・・・出来すぎ?
ちなみにアーク(聖櫃)をエルサレムへ運ぶ途中、荷台からずり落ちそうになったアークを手で支えたために殺されてしまった人(「ウザ」)が聖書に描かれており、その殺された場所はペレツ・ウザという名の聖地になっているのだそうです。
宇佐(ウサ)も聖地です。

投稿: 乙四郎 | 2011年9月20日 (火) 11時24分

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