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2012年1月29日 (日)

「あの方もたうたう」

小惑星が小学生に聞こえるとふ耳を慰む気の所為だらう

こよこよと心の芯までこそばゆきことば賜るお隣さまが

「あの方もたうたう」などと口の端にのぼらぬやうに精進しやう

降誕祭の聖夜といふに不まじめ雨のまま降る雪にもならず

ひとりきりの姉の葬りの道辺(みちのべ)に溝蕎麦の花しろく咲きゐき

                          糸 島   古川登貴男

                ・・・・・・・・やまなみ2012年2月号から

今月も作者らしい作品が並ぶ。
作者らしい作品とはなんだ!とお叱りを受けるかもしれないが、だれも真似ることの出来ない味わいのある作品だと常々感じているわけで。

軽妙な歌しか詠めない作者でないことは、五首目の作品が物語る。
身近な肉親を喪った悲哀を直截的には表現せず、溝蕎麦という目立たない花の白さに焦点を当てることで喪失感を描く。小さな花の白さが、まるでこころにぽつりと落ちた涙のようでもある。小さな落下物が大きな波紋になって作者のこころに広がるのだ。

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やまなみ短歌」カテゴリの記事

コメント

せいちゃん。
みぞそばの花はほんとうはうすいももいろ。それをしろくさきいき。とうたう歌人は鋭いなあと感心しました。
ふたつ、連想したよ。
ひとつは、芭蕉の。
海くれて鴨のこゑほのかに白し
ひとつは、森山光章の。
賀春 我(にへ)の寂(しろ)き聲(こゑ)

どちらの句も破調、ほとんど自由律。そこがむねをうつ。

投稿: かささぎ | 2012年2月 1日 (水) 20時08分

>賀春 我(にへ)の寂(しろ)き聲(こゑ)

こんな句を読むと日本語ってむつかしいなあと思わされる。
我を「にへ」と、
寂を「しろ」と読む。

いつか使おう。
いや、これは覚えきらんごたる。笑

投稿: seiko | 2012年2月 1日 (水) 22時28分

うん、。
もりもり森山さんの句やうたの言葉づかいは独特だから。
みて、すぐ、あ、もりやまさんだ。とわかるもの。
ずるしてるよね。
まっとうによめば、
がしゅん われのさびしきこえ。
これにルビをふって、枉ったよみかたをさせる。
目でみる文字と音とがずれるというズル。
でもね。この句を芭蕉の句と並べてみて、
ふいに森山さんの孤独の大きさがわかった気がしたんだ。

投稿: かささぎ | 2012年2月 2日 (木) 23時59分

わたしは常々あなたを尊敬いたしておりまして。
どこか浮世離れしたあなたさまの、ときに常識を疑うような言動のあるあなたさまのいったいなにを?とお思いでしょうが。笑
あなたの他人の句を諳んじるその類まれなる記憶力と、
その非凡な解読力です。

この森山さんの一句から孤独の大きさを読み取った??
ああ、わたしはいったいなにを読んでるのだ。
そんなこと思いもしなかった。
言われてみて、ああそうか、
まとわりつくようなさみしさを読み取らねばならんのだろうなあ・・・と思ったていどでして。いやいや、精進せねば。

投稿: seiko | 2012年2月 3日 (金) 18時57分

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