« 現場風景 | トップページ | 百日紅の咲く庭 »

2010年9月17日 (金)

メタセコイアのある風景

冬のあいだ、いさぎよく葉を落としてたメタセコイアがこの時期、まみどりの葉を茂らせています。けっこうな大きさの大樹。

20090001

二年ほど前までは住人があったこの家、いまは空き家です。
わたしが若い頃は食事もお酒も出るちいさな旅館でした。

雑草が生い茂って、空き家らしい顔になってきた。
メタセコイア、さみしくないか。

|

« 現場風景 | トップページ | 百日紅の咲く庭 »

写真」カテゴリの記事

コメント

メタセコイア 好き!
おっきくて目立つからかもしれんけど
こいつほど季節の移りを教えてくれる木はないと思う

真冬のシルエットがいい!
もにょもにょとしたとした新芽が
レースのカーテンくらいになる春がいい!
真みどりの夏、
すこおしずつ秋色になっていき
みごとに素っ裸になるのも潔い

meta(巨大な)sequoia(スギ科の針葉樹)
杉の仲間なのに落葉樹だってのも興味深い

投稿: てぃー | 2010年9月17日 (金) 08時27分

うんうん、てぃーどん。まさにまさに。

このメタセコイアはね、わたしの元職場への通勤途中にあって、わたしはこの樹を何十年も見てきた。だから、なんか、古い友人みたいな気がするのさ。でも、この木がメタセコイアだと知ったのは短歌を始めてからだよ。
よく短歌の題材になってるよね。
それこそ、季節を感じさせてくれる大樹であるからでもありましょう。

この木のどこがすきって、見事な落葉ぶりです。
ほんと、いさぎよかろうが。
足元に落ち葉の海をつくる。
で、裸ぶりもかっこよか。
つまりどこをとっても、サマになるっちゃん。
歌の題材にはもってこいだったんだろうけど、さすがにもう歌には詠めんばい。
手垢んつきすぎて、どんこんしよんなか。笑

投稿: seiko | 2010年9月17日 (金) 19時51分

メタセコイアは、よく通る公園の通路に植えてあります。
まっすぐに伸びて、ものすごい高さになるよね。
私も何度かブログに載せているけど、青々した姿も茶色くなった姿もいいよね。
かわいい実もまたいい。
何十本も並んだメタセコイア、かっこいいよ~。
以前母にこれがメタセコイアだって教えたら、「メタセコイア、メタセコイア・・・」と何度も復唱してた。
まだ覚えているかしら。

投稿: こむぎ | 2010年9月17日 (金) 21時48分

seikoさん、
うん、こいつ自体を詠むのは
ハナからあきらめてる。
よっぽど何か、う~ん、そうだね。
なにかの比喩としてなら使いものになるかな?
「メタセコイアのごとく」とかさあ。

こむぎさん
そうそう、そうですね!
諫早にある県立総合運動公園がまさにそう!
国道沿いにズラーっと並んでて、街のシンボルです!
40数年前、国体のメイン会場として造られた競技場で、
只今、二巡目の国体に向けて化粧直し中。
その年数分だけ、メタセコイアも高くなりました。ヽ(´▽`)/

投稿: てぃー | 2010年9月17日 (金) 22時54分


あっくんが教えてくれたサイトちゃべぇぇぇ!!!!
http://tiki.pupipo.net/k6q238o/

おにゃのことイチャイチャHしてたら、なんか6万もらたぁぁぁぁ!!!!
とりあえずこの金でブルーレイ買ってくるぜwwwwwヽ(*´ー`*)ノ

投稿: あぱぱぱぱぱwww | 2010年9月18日 (土) 14時18分

こむぎさん。
この木が何十本も並んでるのって、圧巻でしょう。
すごいですね。
一本一本が大きいので、かなりのインパクトなのではありませんか。
この辺では、メタセコイアの街路樹は見たことがありません。
落ちる葉っぱのの量もすごいだろうなあ。

この名前、覚えにくそうですが、一度覚えてしまうと忘れられませんね。

投稿: seiko | 2010年9月19日 (日) 01時20分

てぃーさん。

>諫早にある県立総合運動公園がまさにそう!
国道沿いにズラーっと並んでて、街のシンボルです

これで一気になぞが解けました。
メタセコイアの名前を知ったのは、短歌冊子上でのこと。
十年ほど前、メタセコイアを詠った短歌が続いたのよ。
それも、複数の諫早の会員さんが題材にされていたのですが、
そうか、シンボルかあ。


青々としたメタセコイアより、裸のときのほうが比喩の対象になりえるわね。
あの立ち姿はたしかに圧巻だもの。

投稿: seiko | 2010年9月19日 (日) 01時29分

おはようございます。
連句の会はお疲れさまでした。
お忙しい中、翌日はseikoさんが登場されてとてもうれしかったです。
お昼ごはんもごいっしょできてよかったです。
またゆっくりお会いしましょう^^☆

投稿: エメ | 2010年9月21日 (火) 09時43分

せーこさんとは擦れ違いで残念でした。
古い学級通信の現物もお見せできずに残念至極。
では、大学祭で「が~んば~ろぉ」

投稿: 乙四郎 | 2010年9月21日 (火) 10時39分

ほんとに今回はすれ違いで、残念でした。
沢山残していたので、2日目は大変だったでしょう。
貴方らしい語彙が出て、又、音さんらしい句もでて、うまくまとまりましたね。
次回は10月。ひよこさんも来られると賑わいますね。

投稿: ぼん | 2010年9月21日 (火) 15時59分

エメさん、久々にお会い出来てよかった。
非日常的空間。
文字に係わる空間。
わたしにとってはなによりの気分転換になるのだと再確認いたしました。


乙さん。
あなたに逢えなかったことよりも、
お父上のその学級通信に会えなかったことが、わたしも残念至極。
いや、これは失言。笑


ぼん。
あなたの、ボタンの掛け違えの意味深な句をうけて、
思いがけない句が出ました。感謝。
みなの衆の、前日の投句のおかげで、後半展開が早かった。

お疲れ様でした。

投稿: seiko | 2010年9月21日 (火) 20時59分

せいこさん、お忙しいなか、駆けつけてくれてありがとう。
あなたがきてくれたので、恋の妙手のそらんさんはいなかったけど、恋がまけた。特殊なリズムの句でした。
以前前田師のところで伊藤眠さんが出された短句の恋、えーとなんだっけ。ナイチンゲールのだったけど、最近は忘れますねん。はげしく句またがり、でも指折れば字あまりになっているわけではないという、ふしぎな句でした。
あ!おもいだした。
あれはナイチンゲール朝はまだ来ぬ  (眠)
あれはナイ・チンゲール朝はまだ来ぬ
で7・7です。
ロミオとジュリエットよね。
前句がなんだったか忘れたけど、思春期のころ、ナイチンゲールっていう名前でふざけて遊んでた男子のことなども思い出し、郷愁を伴う滑稽もかんじた。かささぎ的にはとってもいい恋句だった。
それと同様、せいこの
品性と饒舌と乳房と   せいこ
ひんせいとじょう・ぜつとちぶさと
で7・7
かなりくるしいリズムだけど、それも味わいのうち。
こういうことをやっていますと、はじめてきづく。
日本語って意味性のある単語ごとにくぎるんだな。と。
ぜんたいの音数は十四音くらいではあるけど。
かたまりとしてとらえる切れのない「なななな句」。
そんなのも一句はあっていい。
なにより、現代的な恋の場面。しかも暗示するだけ。
前句
コンビニの客はボタンをかけ違へ   ぼん
(ぼんのこの句がまえにあったればこそ↓がだせた)
品性と饒舌と乳房と    せいこ
わが妻は大漁ですと人に言ふ   音彦
氷の砕片(かけら)土にまみれて  乙四郎

この四句、とってもいいでしょう。
流れが俗に堕ちていません。ぎりぎりでふみとどまっている。
すごいもんです。
つくづく「恋句の前田」先生の弟子でよかった。
こんな場面の創造、一朝一夕にはできない。
せいこさん、ありがとう。あなたがいてくれて、よかった。
そして、乙四郎句のおかげで音彦句のおめでたさも浮いていません。(けっ!てなもんですわ。)
歌仙の命は、月と花と恋。
ですから、いい恋がでますと、もうそれだけで満足です。

今回はそれ以外にも、えめさんの

組合員の鉄腕の父   えめ

が出て、これにはまいりました。
リアルな人物像が浮んでくるようでした。
あの先生、あの先生・・・なつかしい。
家に帰れば、おとうさんだったのですね。

ありがとうございました。お礼まで。
(ひよこさん、ぜひ大学祭でおあいしましょう。)


投稿: ひめの | 2010年9月21日 (火) 21時29分

せいこさん、さっきひとつまちがえた。
伊藤みんさんの付け句は七七句ではなくて、五七五の長句でした。

それと。
このメタセコイヤが、川瀬の信号機から久留米に向かって左に見えているもの?

投稿: かささぎ | 2010年9月21日 (火) 23時17分

かささぎの旗より31文字倉庫のほうがふさわしい話題なのでこちらに書きます。
「星野しずる」について。
星野しずるさんって女性だったのですね(↓)
短歌の自動生成の原理が解説してありました。

① 語彙をあらかじめ、修飾部(s)・名詞部(m)・述部(j)の三つにわけ、さらにそれを音数別の袋(s3~s7、m2~m6、j3~j8)に小わけする。
② 短歌っぽいリズムの「レシピ」(15~20種類)に則って、袋から単語を取り出して並べる。

それだけでした。
二つの語彙の組み合わせによる「二物衝撃」の面白さは語彙の豊富さとはとくに関係がないことを確認したくて、語彙数をあえて500語程度におさえているのだそうです。
語彙は、「現代短歌でよく目にする、いかにもな言葉」に、作者が恣意的に犬とか猿とかを加えています。

作者の言葉
「僕はもともと、二物衝撃の技法に頼り、雰囲気や気分だけでつくられているかのような短歌に対して批判的です。そういう短歌を読むことは嫌いではないですが、詩的飛躍だけをいたずらに重視するのはおかしいと思っています。かつてなかった比喩が読みたければ、サイコロでも振って言葉を二つ決めてしまえばいい。意外性のある言葉の組み合わせが読みたければ、辞書をぱらぱらめくって、単語を適当に組み合わせてしまえばいい。読み手の解釈力が高ければ、わりとどんな詩的飛躍でも「あるかも」と受けとめられるはずだ……。そう考えていました。その考えが正しいのかどうか、検証したかったのが一番の動機です。」
「今は語彙をセーブしてあるため、たくさんつくらせると同じ単語が出てきて少々飽きがきますが、単語を多めに入れて、頻繁に入れ替えていた頃はそれもありませんでしたし。短歌を鑑賞する脳が期待していた以上に刺激されるため、詩的飛躍のある歌を詠む歌人は、もう彼女一人でお腹いっぱいという気持ちになることもあります。この手の短歌を詠むなら「星野しずる以上」をめざしてほしいし、そういう本当に斬新な短歌にもっと出会いたいと思っています。」
「星野しずるの短歌をたくさん読んでいくと、何首かに一首、はっとさせられる短歌を見つけることができると思います。人間ではつくれないような新鮮な暗喩をつかったり、時には逆に、まるで人間がつくったかのような深淵な意味が読み取れてしまう短歌も出てきます。まずはそのおもしろさを楽しんでほしいですね。その上で、人間の持つ「理解しようとしてしまう力」の潜在的な高さについて驚いたり、読み手依存型の創作の怖さに気づいたり、創造性がほんとうに発揮されねばならない場所とはどこなのか再考したりしていただければ幸いです。」

星野しずる、9月22日の作品より。

ゆびさきのどこかで恋のオカリナは悔し涙の香りを殺し
いらだちをたどってゆけば水色の痛みの人のそばでなわとび
嘘つきのふたりを憂うとけてゆくかすかな午後を追いかける母
とくべつな花を追いかけ運命はおどけた街であるかのような

投稿: 乙四郎 | 2010年9月22日 (水) 10時24分

おおおおっと、思わずのけぞってしまうほど、長いコメントがふたつもならんでた。笑

ひめ。たしかに。
>品性と饒舌と乳房と  

これは、ぼんの「コンビニの客はボタンをかけ違へ」という句が、わたしに「あわただしく真昼の情事をすませてきた上品な人妻」をリアルに連想させてくれたおかげで生まれたのでした。まあ、相変わらず独走態勢に入りやすいタイプですから、かってに真昼の情事にしてしまったのですが。
しらべなど全く無視したフレーズだけど、
たまにはこんなのもアリでしょうね。

投稿: seiko | 2010年9月22日 (水) 19時34分

追伸。
このメタセコイアはひめどんが言う「川瀬の信号から西方向に見えるもの」です。
昔は「十番」という旅館だった。
いまやその建物より大きくなってる。

投稿: seiko | 2010年9月22日 (水) 19時37分

乙さん。

これ、わたしにとっては、衝撃でしたねえ。
初音ミクというバーチャルシンガーだけでも驚いたのに、
今度はバーチャル歌人でしょう?
正直、ありえないと思った。
でもね、作者の意図を読んで俄然興味が湧きました。

>かつてなかった比喩が読みたければ、サイコロでも振って言葉を二つ決めてしまえばいい。意外性のある言葉の組み合わせが読みたければ、辞書をぱらぱらめくって、単語を適当に組み合わせてしまえばいい。

事実、辞書をめくって、意外性のある語彙をあさった経験がある身ですゆえ。笑
その上、バーチャル歌人が語彙を並べて偶然的に完成したであろう31文字に、ひそかにへえとうなづいてしまっているヤマシタであります。

ところでねえ。
創造性がほんとうに発揮されねばならない場所とはどこなのか、だれかその答えを教えてはくれぬだろうか。

投稿: seiko | 2010年9月22日 (水) 19時50分

恋のオカリナの歌はなかなかいいと思いました。
人間の大会に出しても結構いい線いくのでは、と思ってたら、既に星野しずるさんは受賞されていました。
    ↓

投稿: 乙四郎 | 2010年9月22日 (水) 22時23分

j受賞作のひとつ。
いいよね。

朝焼けを見ている濡れたライオンはサッカー部員の誰かに似てる
(星野しずる) 

投稿: 乙四郎 | 2010年9月22日 (水) 23時36分

乙さん。

>痛みの人のそばでなわとび
>おどけた街であるかのような

はっとするような比喩でしょ?
単なることばの羅列ではなく、練りに練った比喩のような錯覚があります。
そして、朝焼けのライオン。
もうこれは完成度の高い作品であると思います。
ってさー、これ、星野しずるを作った作者の作品じゃないの?
本当に自動生成??
どう見ても偶然の産物ではないでしょう。

投稿: seiko | 2010年9月23日 (木) 08時02分

佐々木あらら  

記憶した。
彼は女性?いや本当に男性??

投稿: seiko | 2010年9月23日 (木) 08時05分

紹介した佐々木あららさんの受賞挨拶の前文がありました(↓)。
次のくだりが省かれていました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
最後に。「枡野浩一短歌賞」をいただくことは大変喜ばしいことですが、ひとつだけ悔しいことがあります。星野しずるが獲る前に、まず、自分の短歌で獲りたかった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ところで、これらの短歌の作者は「星野しずる」ですが、これとは別に「生成者」というのもあるみたいです。
たとえば、「恋のオカリナ」も「痛みの人のそばでなわとび」も、乙四郎が生成者です。
ページへ飛び込んで来た一人のためだけに星野しずるさんが短歌を生詠み、そこで気に入った作品があったらクリックして多くの人へ紹介するシステム。紹介しなかったら、作品はその場で消えてしまいます。

投稿: 乙四郎 | 2010年9月23日 (木) 09時16分

星野しずる研究
(ホントに文芸論の一研究分野になりそうですね)
やはり文芸の本質的な部分には「語彙の選択」があるのだと思います。
星野しずるさんに語彙を与えたのは佐々木あららさんなので、佐々木あららさんとの共同作品だと言ったほうがいいでしょう。
驚くべきは、与えた語彙の少なさ。
「星野しずる」の語彙数はわずか550個(名詞部250個、修飾部150個、述部150個)、構文数は20種類なのだそうです。
これらの語彙が、(佐々木あららによる)星野しずるの作風となっています。
たとえば語彙を入れ替えたら、ひょっとして鑑賞に価しない駄作ばかりになるかもしれません。逆に、語彙を入れ替えると、別の作風で秀作を次々に生成するかも。
たとえば宙虫さんには、特有の、宙虫ワールドがありますが、宙虫さんの作品群を分析して宙虫さんの好まれる言い回しや語彙を星野しずるに与えれば、ひょっとして歌人「宙虫」さんを生成できるかもしれません。楽しいですね。

投稿: 乙四郎 | 2010年9月23日 (木) 09時46分

えええ??
>痛みの人のそばでなわとび
>おどけた街であるかのような

つい誉めてしまったこのフレーズが乙さん作品?
なにい??

えー、あのですね、(とここから急に真剣な口ぶりになってますので、そのおつもりで読んでください)
乙四郎、君は短歌を始めるべきだ。
そして、やまなみ会員になるべし。
紹介したいひとがいるのよ。
元官僚、いや、現役か。
物書きの端くれを自認なさる乙四郎は、やはり言葉で自己表現をするべし。
それも、公表して、叩かれるべし。
そして、さらに腕を磨くべし。

さあ、わたしの目を見て。
。。。。あなたは短歌をしたくなる、したくなる・・・やまなみにはいりたくなる、はいりたくなる。。。。笑
今度やまなみ冊子を持参します。にがさへんよ!

投稿: seiko | 2010年9月23日 (木) 10時01分

>つい誉めてしまったこのフレーズが乙さん作品?

作は「星野しずる」。
「自動生成」のボタンを押したのが乙四郎

投稿: 乙四郎 | 2010年9月23日 (木) 10時18分

この景色ヨーロッパの古城のような雰囲気だと思います。
白壁が朽ちて行くような風景。

東京の大きな公園には必ずこの木がたくさん植えられています。
広大な場所だからよく映えます。

投稿: さくら | 2010年9月23日 (木) 11時12分

これまで多くの前衛俳人がやってきたこと、戦ってきたことかもしれません。おつしろうさんがかかれたことは。
偶然性の問題。それとニ物衝撃、異物衝撃。俳句のよさはまさしくそれでキマル場合が多いから、短歌より切実にそれを欲したかもしれない。
かささぎは天籟通信を前衛先輩集団にくっついてやめた一人ですが、(もうずいぶん昔の話です)、その中の一人がずいぶんそれで叩かれていました。ほら、手術台の上のミシンとこうもり傘論、ありますでしょ、有名な。そんな異物衝撃にであいたくて、ことばから意味をぬく、と称して、さかんに実験的な作品をかいていた人がいたのです。
気持はわかるけど、そのころはなんてばかなことをしてるんだろ。って思いでみていた。なつかしい。そしてせつない。いまもあんな作品つくっているんだろうか?それとも、ただのばあさんになれたかな。どうかそうあってほしいよ。

かささぎは、香川宜子氏のザヴァイオリンをちびりちびり読んでたころ、竹橋乙四郎がそれを一晩で読み上げ、連句的な章を付け足したかと思うと、猛烈なスピードで、まるでなにものかに取り付かれたかのように、浜寺俘虜収容所のロシア兵を書いたでしょう。
あれをあっけにとられてみていたんだけど。
なんだかひじょうにせつなくなりまして。
このひとは、いったいどこへいけば、あるいはどんな詩形なら、じぶんをおもいきりだせるんだろう。って、人事ながら気になったんだよ。

かささぎが、だんだんネットで連句をまきたくなくなったのは、だんだん自由ではなくなっていくような気がするからです。まるで真綿に首をしめられるように。
やはり、座に勝るものはありません。究極の偶然性。
一回こっきりの完全なる自己の檻からの解放がそこにはある。

ってことで。さいごはやはり、連句の宣伝になりました。ごめんね。

投稿: かささぎ | 2010年9月23日 (木) 15時37分

さくらさん。
ならんでいるメタセコイヤはみたことなくて、一本だけぽつんと丘の上にたっているのが毎日通勤するたび、上津交番の前あたりの坂道から右手の奥に見えます。遠くの木ですから、ちいさい三角形ですが、それでも冬には裸木の、春には黄緑色の、夏にはみどりいろの濃い葉をつけていて、なにか感情につよく訴えかけてきます。
それは、遠さです。
けっして近くではみえないもの。
遠くにあおぐ美しさ、あこがれ、とでもいうべき。そんな木です。

投稿: かささぎ | 2010年9月23日 (木) 15時52分

乙さん。
ボタンを押したのがあなたってことなの?
なんだ、なんだ。なんだよ~~。
でもね、あなたはあなた単独で、つまり乙四郎の名を冠した作品で自己表現するべきだと思う。すでに散文的なものや学術的なものについては膨大な量を想像してこられたことと思いますが、ここはやっぱし端子系文学でしょ。あら、いやだ、短詩系文学でしょう。
連句も楽しい。ですが、連句は個人の作品ではない。あくまでも共同作品なのです。あなたはあなた自身のことばであなたらしさを特出した短詩系文学で自己実現なさることが必要なのではないでしょうか。
>やはり文芸の本質的な部分には「語彙の選択」があるのだと思います
おっしゃるとおり。
これがここまで理解できているあなた。
ぜひ、短歌をはじめなさい。やまなみにおはいんなさいっ。
と、せつに願ってやみませぬ。

投稿: | 2010年9月23日 (木) 19時47分

さくらさん。そりゃ、あんまり美化しすぎ。笑
ちょー、日本的な風景のなかにたっています。
ひめどんが書いているように、この地域ではメタセコイアが連なってる姿など見たことがないのよ。どれも、たいがい、ぽつねんとたっています。
メタセコイアの大群。ダイナミックでしょうねえ。

投稿: seiko | 2010年9月23日 (木) 19時51分

ひめ。
>偶然性の問題。それとニ物衝撃、異物衝撃。俳句のよさはまさしくそれでキマル場合が多いから、短歌より切実にそれを欲したかもしれない。

確かに、俳句の場合は、季語を使わねばならぬ、という縛りの上に17文字という文字数の制限があるので、余計に語彙の斡旋がむつかしいと何度も痛感した。
でも、意外性だけで完結した作品群があったらたぶん読み手はげんなりすると思わん?どれもが同じような風味でゲップが出そうになると思うよ。
その点では、連句はすべてを網羅してる。

ところでっさい。
乙さんって、短詩系文学向きよね。
一人称文芸。
一人称をつかわずに作品をよむことを求められるッちゃけん。
まさに、乙さんは、短詩系文学の申し子かも。笑

投稿: seiko | 2010年9月23日 (木) 20時05分

ロンドンオリンピックの開会式で歌ってほしい歌手の堂々第一位に、レディガガなど一流アーティストを抜いて、この人が選ばれました。(↓)
星野しずるの時代も近いかも。

投稿: 乙四郎 | 2012年1月23日 (月) 12時18分

ロボット俳人の登場です(↓)
何人かいますが、これは「ゆかりり」さん。
星野しずるに触発されて出来たロボットだそうですが、なかなかすごいよ。

投稿: 乙四郎 | 2012年1月23日 (月) 12時56分

ゆかりりの作者のブログ(↓)へお邪魔したら、連句もやっておられた!
そして何と12月31日付の「七吟歌仙・極月の巻 」(起首:2011年12月15日(木)満尾:2011年12月31日(土) )の発句は
   極月のピアノに映る焰かな      ぽぽな
でした!
おまけに、ここでは、
自由律歌仙 藤棚の巻
起首:2011年 5月 3日(火)
満尾:2011年 5月16日(月)
回文歌仙 譲りしはの巻
起首:2011年 5月28日(土)
満尾:2011年 6月23日(木)
などという驚愕の歌仙も!!

投稿: 乙四郎 | 2012年1月23日 (月) 13時12分

えええ???
乙さん、すっごい情報教えてくれるわねえ、あなた。
驚愕の事実がつぎからつぎへ。笑

初音みくさんが選ばれたことしかり。
星野しずる俳句版がでたことしかり。
それに、
自由律の連句に、
回文の連句ですって?
しんじられん。


ですが、いちばんのおどろきは、ここにぽぽなさんの名前が出てきたことよ。
 >極月のピアノに映る焔かな ぽぽな

彼女、すごい人物ねえ。


   

投稿: seiko | 2012年1月23日 (月) 13時21分

初蝶やひかりのやうな雨の草      ゆかりり

ゆかりり、はロボット俳人です。
回文歌仙(↓)は、すべての句が回文でした。
さすがに、これにはロボットは参戦できず、作者の「ゆかり」さんが、ぽぽなさんの発句に脇を付けています。

譲りしは闇の火のみや走り梅雨       ぽぽな
    卯の花腐しを仕度縄の鵜         ゆかり

投稿: 乙四郎 | 2012年1月23日 (月) 13時21分

驚きは続きます。
回文連句は掲示板で巻かれていますが、捌き(ゆかりさん)が式目を示して進行していました(↓)。単に回文を集めただけではなく、ちゃんとした歌仙なのでした。
他の巻で連句初心者が参入された時など、その都度懇切丁寧に式目が示され、かささぎさんの捌き同様、勉強になります。(まったく覚えようとしない自分が悪いのですが・・・)
中には、初めて知るようなこともありますが、捌きの流儀であって式目ではないのかもしれません。
回文の巻を全引用したりしたら編集著作権に触れますが、ご縁に免じて、ぽぽなさんの句だけを抽出して紹介します。挙句も見事です。
あちらの掲示板と連句の交流戦ができたら面白いかも。

発句
譲りしは闇の火のみや走り梅雨       ぽぽな
ウの6句目
雪にやさしき岸さやに消ゆ          な
ナオの2句目
芒はらりと鳥等はキスす           な
ナオの5句目
風俗なないろ風呂いななく臓腑        な
ナオの11句目
八日月閨のあの屋根気遣ふよ         な
挙句
遠のき乗るは春の木の音           な

投稿: 乙四郎 | 2012年1月23日 (月) 17時13分

この回文歌仙のひとつ前の自由律歌仙にはロボット達もたくさん投句していました。
ロボットをスマホに組み込んでおけば連句興行が楽になるかも。

投稿: 乙四郎 | 2012年1月23日 (月) 17時31分

こりゃ、第一位にもなるわいな。
初音ミクのライブ(↓)。

投稿: 乙四郎 | 2012年1月24日 (火) 15時31分

早着替え(↓)。当たり前か。

投稿: 乙四郎 | 2012年1月24日 (火) 17時06分

初音みくが唄ってます。
「わたしはただの音源ではない」って。
侮ると痛い目に遭うって。
まさに。いえてる。

音源にバーチャルアイドルを創造して、
いえ、くっつけて、
そのうえ、ばーちゃるなライブまでさせてしまう。
日本の映像ソフト開発者の発想ってすごいね。

ねえ、これって、コンピューターの世界でしか観れないわけでしょ?
パソコンがあれば、テレビも、電話も、ファックスもいらない。
なんでも、これで済ませられるし。
いまにきっと企業だけでなく、一般家庭もそうなっちゃうんだろうねえ。
いや、長生きはするものよ。笑

投稿: seiko | 2012年1月25日 (水) 16時02分

初音みくが唄ってます。
「わたしはただの音源ではない」って。
侮ると痛い目に遭うって。
まさに。いえてる。

音源にバーチャルアイドルを創造して、
いえ、くっつけて、
そのうえ、ばーちゃるなライブまでさせてしまう。
日本の映像ソフト開発者の発想ってすごいね。

ねえ、これって、コンピューターの世界でしか観れないわけでしょ?
パソコンがあれば、テレビも、電話も、ファックスもいらない。
なんでも、これで済ませられるし。
いまにきっと企業だけでなく、一般家庭もそうなっちゃうんだろうねえ。
いや、長生きはするものよ。笑

投稿: seiko | 2012年1月25日 (水) 16時02分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: メタセコイアのある風景:

« 現場風景 | トップページ | 百日紅の咲く庭 »