2012年1月31日 (火)

花宗川とふ

ふるさとの村のはづれなる野の川は花宗川とふせせらぎなりき

                         長 岡   國武 正彦

                ・・・・・・・やまなみ2012年2月号から

作者國武氏のお生まれは八女市。
現在は米作りの第一人者として新潟にお住まいである。
やまなみの表紙を飾る水彩画の描き手でもあられる。

「はなむねがわ」
八女界隈に住むものにとっては耳慣れた川の名前だが、
ふるさとに遠く暮らすひとにとっては
郷愁を呼び起こすものであったに違いない。

野の川はすでに野の川ではなく、流れる音がすでにせせらぎとは呼びがたいものであることを申し訳なく思いながら、この一首を引かせていただいた。

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2012年1月30日 (月)

かきわけても人

つづまりははりぼてのお飾り見るためのひとひとひとをかき分けても人

路地裏のごとき思案橋横丁に行列のできる中華店あり

横丁は横丁である短くてあつといふまに店が途切るる

地魚を食べやう食べたい食べねばと横丁抜けて選ぶ一軒

無機質なコンクリートの店内に地魚およぐジャズが流るる

・・・・・・・・

長崎でわたしたちが地魚を食べた店は、
なんと天神にも博多にもあるらしい。
知らなかったけど、有名店なのね。
でも、ここは確かにオススメ。
静かだし、おしゃれだし。
いっぱしのおとなになった気分になれる。
いえ、もうじゅうぶん、おとなですけど。はい。笑

創作料理「雑魚屋」天神店↓

http://r.gnavi.co.jp/f207800/

「雑魚屋」思案橋店↓

http://r.gnavi.co.jp/f244101/

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2012年1月29日 (日)

「あの方もたうたう」

小惑星が小学生に聞こえるとふ耳を慰む気の所為だらう

こよこよと心の芯までこそばゆきことば賜るお隣さまが

「あの方もたうたう」などと口の端にのぼらぬやうに精進しやう

降誕祭の聖夜といふに不まじめ雨のまま降る雪にもならず

ひとりきりの姉の葬りの道辺(みちのべ)に溝蕎麦の花しろく咲きゐき

                          糸 島   古川登貴男

                ・・・・・・・・やまなみ2012年2月号から

今月も作者らしい作品が並ぶ。
作者らしい作品とはなんだ!とお叱りを受けるかもしれないが、だれも真似ることの出来ない味わいのある作品だと常々感じているわけで。

軽妙な歌しか詠めない作者でないことは、五首目の作品が物語る。
身近な肉親を喪った悲哀を直截的には表現せず、溝蕎麦という目立たない花の白さに焦点を当てることで喪失感を描く。小さな花の白さが、まるでこころにぽつりと落ちた涙のようでもある。小さな落下物が大きな波紋になって作者のこころに広がるのだ。

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2012年1月28日 (土)

寒中見舞い三葉

三面六臂命をかたむけ生きてゆく三十一文字倉庫の君は

父母の世話夫に加へて子と孫に命ひたすら語りべの君

                      東 京   執行 季雄

・・・・・・・・・・・・・・・

この二首は、先日いただいた寒中見舞いに添えられていたもの。
東京在住の執行先生はいつもこのブログを覗いてくださっている由。
先生、ありがとうございます。
歌を勝手に紹介させていただきましたが、わたくし、そこまで人間のできた人物ではありませぬゆえ。笑

執行先生からのハガキが届いた日、偶然にも東京支部の瀬井さんからの寒中見舞いも届く。添え書きに同じ東京支部の山田さんがやはりここを見てくださってるとあった。山田さん、ありがとうございます。

そして、なんとその二日後。
今度は諫早支部の増輪さんからの寒中見舞いが届く。
読んで今度は本当に驚いた。

ある日の夕食後、お嫁さんがスマートフォンを使って息子さんのお名前を検索なさってて、なんの根拠もなくふと増輪さんご自身が、「わたしの名前はないかしら」とお尋ねになったのだそうな。そしたら、出たんですねえ。このブログが。

ほんと、申し訳ございません。
どなたの了解も取らず、勝手気ままにみなさまの作品をご紹介させていただいている不届きものはヤマシタです。なにとぞご容赦を。

でも、増輪さんのハガキはこう結ばれておりました。
「私の歌と名前が電波にのって宇宙をまわっているように思えてうれしくて、寒の星空を見上げました。セイコさん、ありがとう」

お叱りを覚悟で勝手に引かせていただいてるのに、お礼を言われてしまいました。恐縮のあまり身が小さくなる思いです。
増輪さま、こちらこそ、本当に失礼しました。
そして、ありがとうございました。

でも、これにちょっとだけ勇気を貰いました。
ええ、これからも、この不届きものは、無断でやまなみ会員の作品を紹介させていただこうと思っております。ひょっとしてご自分の名前を検索して、ここにたどり着かれたやまなみ会員のみなさま。申し訳ございませんが、「ああ、あいつはそういうやつだ」とあきらめてご容赦くださいますよう、伏してお願い申し上げます。

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ごちそう様でした。

ついさっき、音彦さんご夫妻が見えた。
昨日から小浜温泉にご旅行だったんだと。
もちろん、ふたりで。
修学旅行で行った先がなつかしくて行かれたのであるらしい。

「帰りに天草まで足を伸ばしてきたのよ」
はいはい。ふたりなかよく、ごちそう様。

で、お土産に天草の岩牡蠣をいただく。
「ちいさいよ」とおっしゃったが、うん、確かに小さい。笑

でも、天然ものですからね、すごく美味しかったよ。
おふたりさん。ありがとう。
ふたつの意味でごちそうさま。

・・・・・・・・・・・・・

ついでに報告を。
明日の午後から、わたしも連れ合いとふたりで小旅行ですよ。
長崎へ、ランタンフェスタへ。
ふふん、小浜温泉よりずっと気のきいとろーがっ!笑

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2012年1月27日 (金)

仮の世の

仮の世の仮の住居に身を置きて夕の厨に菜をきざみをり

あな美しき冬日がなかに居住まひを正して熟柿をかざすひと本

暮れ初めてそちこちに咲く水仙のかほりが届く囁くやうに

椎の実を食みし日のあり椎の味きれいに忘れ一樹を仰ぐ

いつもどこかが痛む体になりたれどまだ閉ぢられぬ心のとびら

                         厚 木  古川アヤ子

            ・・・・・・・・・やまなみ2012年2月号から

この世は借り物である。
これは仏教の教えでもあるらしい。
「本来人間はあの世に在るもので、この世はすべて借り物」の暮らしなんだそうな。わたしたちはみんなたましいであって、肉体そのものも、借り物なのだ、と。

借り物の暮らしであっても人間は一生懸命生きねばならない。
ものを煮炊きし、掃除に明け暮れ、からだのあちこちが痛くなっても、死ぬまで、そう魂に戻るまで生きねばならない。

居住まいをただすべきは熟柿をかざす樹木ではなく、わたしたち人間なのであろう。

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2012年1月26日 (木)

抉り快晴

やはらかいバラに似てゐるひとの毒わたしを深く抉り快晴

このひとはきつと無自覚あいらしいピンクのバラのやうに刺しても

                        千 葉   田中  薫

              ・・・・・・・・・・・やまなみ2012年2月号から

やまなみ2月号が届く。
今月のヤマシタいち押しの作品はこの二首。
文句なくうまいよね、このひと。
いや失礼。天下の田中女史を指してこのひとはないだろう。

田中さんには似通ったものを感じるのだ。
いやいや、もちろん、頭の良さとか、切れ具合とか、
短歌の力とか、読解力とか、批評の上手さとか、
そんなことはまったく別次元のものとして。
似てるのは性格的なもの。笑

色気のなさとか、
男性的な物言いとか、
けっこう毒舌なとことか、
気が強そうなとことか。

でも、たぶんこのひとは見かけによらず傷つきやすいタイプ。
だからやわらかい棘であっても深く抉られる。
繊細だからこその二首。

違うといえば、ここも大きく違うかなあ。

刺されたら刺し返せ。
にっこりわらって、刺し返せ。

わたしはたぶん、父親からそう教わった気がしないでもない。

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2012年1月25日 (水)

空想の先

すぐそこに銭湯五分でコンビニ野宿するならここらあたりか

果てのなき空想の先ホームレスになつても多きわれの手荷物

・・・・・・・・・・・・

人間に与えられた特別な才能は想像すること、空想することらしい。その能力をフルに活用して、わたしは凡庸になりがちな日々をスリル満点の日々に変えて生きるわけで。平たく言えば退屈しないために空想好きな小公女になっちゃうわけ。笑

そんなわけで、ときどきわたしはホームレスになった自分を想像する。
一週間くらいなら、ホームレス体験もいいかなあ。。。なんて、本気で思っちゃうわけ。

すると具体的な問題になって、「あ、洗髪はしなくっても、歯磨きはしなくちゃ。いや、洗顔は必要でしょうよ。化粧水だってクリームだって。あ、携帯電話の充電器も必要よね。替えの下着も、靴下も、セーターだってもう一枚必要でしょうよ。タオルもバスタオルも・・・、こんなに寒くちゃ毛布だって二枚三枚・・・」と結局両手にかかえきれない荷物を持ったホームレスができあがるわけで。
ああ、ダメだな、こりゃ。

でもね。空想好きの年食った小公女は、ホームレスになった場合の隠れ家だって、すでに目をつけてるわけ。
陽当たりのいい雑木林の、こんもり茂ったくぼみ。
ここなら雨露もしのげるし、風除けにも最適だし、寒くなったら焚き火する落ち葉にも事欠かないし。
目と鼻の先に天然温泉はあるし、ちょっと歩けばコンビニもある。
水洗トイレも水飲み場も完備で夏ならシャンプーだって可能よ。

ひとつだけ難点を言えば、背にするのが古墳ってことかしら。
それも国指定の古墳だから、ここいらは全面火気厳禁だし野営禁止区域だし。ま、それがちょっとねえ。笑

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バーチャル歌人・シンガー、そして俳人登場

かささぎの旗より31文字倉庫のほうがふさわしい話題なのでこちらに書きます。
「星野しずる」について。
星野しずるさんって女性だったのですね(↓)
短歌の自動生成の原理が解説してありました。

① 語彙をあらかじめ、修飾部(s)・名詞部(m)・述部(j)の三つにわけ、さらにそれを音数別の袋(s3~s7、m2~m6、j3~j8)に小わけする。
② 短歌っぽいリズムの「レシピ」(15~20種類)に則って、袋から単語を取り出して並べる。

それだけでした。
二つの語彙の組み合わせによる「二物衝撃」の面白さは語彙の豊富さとはとくに関係がないことを確認したくて、語彙数をあえて500語程度におさえているのだそうです。
語彙は、「現代短歌でよく目にする、いかにもな言葉」に、作者が恣意的に犬とか猿とかを加えています。

作者の言葉
「僕はもともと、二物衝撃の技法に頼り、雰囲気や気分だけでつくられているかのような短歌に対して批判的です。そういう短歌を読むことは嫌いではないですが、詩的飛躍だけをいたずらに重視するのはおかしいと思っています。かつてなかった比喩が読みたければ、サイコロでも振って言葉を二つ決めてしまえばいい。意外性のある言葉の組み合わせが読みたければ、辞書をぱらぱらめくって、単語を適当に組み合わせてしまえばいい。読み手の解釈力が高ければ、わりとどんな詩的飛躍でも「あるかも」と受けとめられるはずだ……。そう考えていました。その考えが正しいのかどうか、検証したかったのが一番の動機です。」
「今は語彙をセーブしてあるため、たくさんつくらせると同じ単語が出てきて少々飽きがきますが、単語を多めに入れて、頻繁に入れ替えていた頃はそれもありませんでしたし。短歌を鑑賞する脳が期待していた以上に刺激されるため、詩的飛躍のある歌を詠む歌人は、もう彼女一人でお腹いっぱいという気持ちになることもあります。この手の短歌を詠むなら「星野しずる以上」をめざしてほしいし、そういう本当に斬新な短歌にもっと出会いたいと思っています。」
「星野しずるの短歌をたくさん読んでいくと、何首かに一首、はっとさせられる短歌を見つけることができると思います。人間ではつくれないような新鮮な暗喩をつかったり、時には逆に、まるで人間がつくったかのような深淵な意味が読み取れてしまう短歌も出てきます。まずはそのおもしろさを楽しんでほしいですね。その上で、人間の持つ「理解しようとしてしまう力」の潜在的な高さについて驚いたり、読み手依存型の創作の怖さに気づいたり、創造性がほんとうに発揮されねばならない場所とはどこなのか再考したりしていただければ幸いです。」

星野しずる、9月22日の作品より。

ゆびさきのどこかで恋のオカリナは悔し涙の香りを殺し
いらだちをたどってゆけば水色の痛みの人のそばでなわとび
嘘つきのふたりを憂うとけてゆくかすかな午後を追いかける母
とくべつな花を追いかけ運命はおどけた街であるかのような

投稿: 乙四郎 | 2010年9月22日 (水) 10時24分

乙さん。

これ、わたしにとっては、衝撃でしたねえ。
初音ミクというバーチャルシンガーだけでも驚いたのに、
今度はバーチャル歌人でしょう?
正直、ありえないと思った。
でもね、作者の意図を読んで俄然興味が湧きました。

>かつてなかった比喩が読みたければ、サイコロでも振って言葉を二つ決めてしまえばいい。意外性のある言葉の組み合わせが読みたければ、辞書をぱらぱらめくって、単語を適当に組み合わせてしまえばいい。

事実、辞書をめくって、意外性のある語彙をあさった経験がある身ですゆえ。笑
その上、バーチャル歌人が語彙を並べて偶然的に完成したであろう31文字に、ひそかにへえとうなづいてしまっているヤマシタであります。

ところでねえ。
創造性がほんとうに発揮されねばならない場所とはどこなのか、だれかその答えを教えてはくれぬだろうか。

投稿: seiko | 2010年9月22日 (水) 19時50分

恋のオカリナの歌はなかなかいいと思いました。
人間の大会に出しても結構いい線いくのでは、と思ってたら、既に星野しずるさんは受賞されていました。
    ↓

投稿: 乙四郎 | 2010年9月22日 (水) 22時23分

j受賞作のひとつ。
いいよね。

朝焼けを見ている濡れたライオンはサッカー部員の誰かに似てる
(星野しずる) 

投稿: 乙四郎 | 2010年9月22日 (水) 23時36分

乙さん。

>痛みの人のそばでなわとび
>おどけた街であるかのような

はっとするような比喩でしょ?
単なることばの羅列ではなく、練りに練った比喩のような錯覚があります。
そして、朝焼けのライオン。
もうこれは完成度の高い作品であると思います。
ってさー、これ、星野しずるを作った作者の作品じゃないの?
本当に自動生成??
どう見ても偶然の産物ではないでしょう。

投稿: seiko | 2010年9月23日 (木) 08時02分

佐々木あらら  

記憶した。
彼は女性?いや本当に男性??

投稿: seiko | 2010年9月23日 (木) 08時05分

紹介した佐々木あららさんの受賞挨拶の前文がありました(↓)。
次のくだりが省かれていました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
最後に。「枡野浩一短歌賞」をいただくことは大変喜ばしいことですが、ひとつだけ悔しいことがあります。星野しずるが獲る前に、まず、自分の短歌で獲りたかった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ところで、これらの短歌の作者は「星野しずる」ですが、これとは別に「生成者」というのもあるみたいです。
たとえば、「恋のオカリナ」も「痛みの人のそばでなわとび」も、乙四郎が生成者です。
ページへ飛び込んで来た一人のためだけに星野しずるさんが短歌を生詠み、そこで気に入った作品があったらクリックして多くの人へ紹介するシステム。紹介しなかったら、作品はその場で消えてしまいます。

投稿: 乙四郎 | 2010年9月23日 (木) 09時16分

星野しずる研究
(ホントに文芸論の一研究分野になりそうですね)
やはり文芸の本質的な部分には「語彙の選択」があるのだと思います。
星野しずるさんに語彙を与えたのは佐々木あららさんなので、佐々木あららさんとの共同作品だと言ったほうがいいでしょう。
驚くべきは、与えた語彙の少なさ。
「星野しずる」の語彙数はわずか550個(名詞部250個、修飾部150個、述部150個)、構文数は20種類なのだそうです。
これらの語彙が、(佐々木あららによる)星野しずるの作風となっています。
たとえば語彙を入れ替えたら、ひょっとして鑑賞に価しない駄作ばかりになるかもしれません。逆に、語彙を入れ替えると、別の作風で秀作を次々に生成するかも。
たとえば宙虫さんには、特有の、宙虫ワールドがありますが、宙虫さんの作品群を分析して宙虫さんの好まれる言い回しや語彙を星野しずるに与えれば、ひょっとして歌人「宙虫」さんを生成できるかもしれません。楽しいですね。

投稿: 乙四郎 | 2010年9月23日 (木) 09時46分

えええ??
>痛みの人のそばでなわとび
>おどけた街であるかのような

つい誉めてしまったこのフレーズが乙さん作品?
なにい??

投稿: seiko | 2010年9月23日 (木) 10時01分

>つい誉めてしまったこのフレーズが乙さん作品?

作は「星野しずる」。
「自動生成」のボタンを押したのが乙四郎

投稿: 乙四郎 | 2010年9月23日 (木) 10時18分

これまで多くの前衛俳人がやってきたこと、戦ってきたことかもしれません。おつしろうさんがかかれたことは。
偶然性の問題。それとニ物衝撃、異物衝撃。俳句のよさはまさしくそれでキマル場合が多いから、短歌より切実にそれを欲したかもしれない。
かささぎは天籟通信を前衛先輩集団にくっついてやめた一人ですが、(もうずいぶん昔の話です)、その中の一人がずいぶんそれで叩かれていました。ほら、手術台の上のミシンとこうもり傘論、ありますでしょ、有名な。そんな異物衝撃にであいたくて、ことばから意味をぬく、と称して、さかんに実験的な作品をかいていた人がいたのです。
気持はわかるけど、そのころはなんてばかなことをしてるんだろ。って思いでみていた。なつかしい。そしてせつない。いまもあんな作品つくっているんだろうか?それとも、ただのばあさんになれたかな。どうかそうあってほしいよ。

かささぎは、香川宜子氏のザヴァイオリンをちびりちびり読んでたころ、竹橋乙四郎がそれを一晩で読み上げ、連句的な章を付け足したかと思うと、猛烈なスピードで、まるでなにものかに取り付かれたかのように、浜寺俘虜収容所のロシア兵を書いたでしょう。
あれをあっけにとられてみていたんだけど。
なんだかひじょうにせつなくなりまして。
このひとは、いったいどこへいけば、あるいはどんな詩形なら、じぶんをおもいきりだせるんだろう。って、人事ながら気になったんだよ。

かささぎが、だんだんネットで連句をまきたくなくなったのは、だんだん自由ではなくなっていくような気がするからです。まるで真綿に首をしめられるように。
やはり、座に勝るものはありません。究極の偶然性。
一回こっきりの完全なる自己の檻からの解放がそこにはある。

ってことで。さいごはやはり、連句の宣伝になりました。ごめんね。

投稿: かささぎ | 2010年9月23日 (木) 15時37分

乙さん。
ボタンを押したのがあなたってことなの?
なんだ、なんだ。なんだよ~~。
でもね、あなたはあなた単独で、つまり乙四郎の名を冠した作品で自己表現するべきだと思う。すでに散文的なものや学術的なものについては膨大な量を想像してこられたことと思いますが、ここはやっぱし端子系文学でしょ。あら、いやだ、短詩系文学でしょう。
連句も楽しい。ですが、連句は個人の作品ではない。あくまでも共同作品なのです。あなたはあなた自身のことばであなたらしさを特出した短詩系文学で自己実現なさることが必要なのではないでしょうか。
>やはり文芸の本質的な部分には「語彙の選択」があるのだと思います
おっしゃるとおり。
これがここまで理解できているあなた。
ぜひ、短歌をはじめなさい。やまなみにおはいんなさいっ。
と、せつに願ってやみませぬ。
投稿: seiko | 2010年9月23日 (木) 19時51分

ひめ。
>偶然性の問題。それとニ物衝撃、異物衝撃。俳句のよさはまさしくそれでキマル場合が多いから、短歌より切実にそれを欲したかもしれない。

確かに、俳句の場合は、季語を使わねばならぬ、という縛りの上に17文字という文字数の制限があるので、余計に語彙の斡旋がむつかしいと何度も痛感した。
でも、意外性だけで完結した作品群があったらたぶん読み手はげんなりすると思わん?どれもが同じような風味でゲップが出そうになると思うよ。
その点では、連句はすべてを網羅してる。

投稿: seiko | 2010年9月23日 (木) 20時05分

ロンドンオリンピックの開会式で歌ってほしい歌手の堂々第一位に、レディガガなど一流アーティストを抜いて、この人が選ばれました。(↓)
星野しずるの時代も近いかも。

投稿: 乙四郎 | 2012年1月23日 (月) 12時18分

ロボット俳人の登場です(↓)
何人かいますが、これは「ゆかりり」さん。
星野しずるに触発されて出来たロボットだそうですが、なかなかすごいよ。

投稿: 乙四郎 | 2012年1月23日 (月) 12時56分

ゆかりりの作者のブログ(↓)へお邪魔したら、連句もやっておられた!
そして何と12月31日付の「七吟歌仙・極月の巻 」(起首:2011年12月15日(木)満尾:2011年12月31日(土) )の発句は
   極月のピアノに映る焰かな      ぽぽな
でした!
おまけに、ここでは、
自由律歌仙 藤棚の巻
起首:2011年 5月 3日(火)
満尾:2011年 5月16日(月)
回文歌仙 譲りしはの巻
起首:2011年 5月28日(土)
満尾:2011年 6月23日(木)
などという驚愕の歌仙も!!

投稿: 乙四郎 | 2012年1月23日 (月) 13時12分

えええ???
乙さん、すっごい情報教えてくれるわねえ、あなた。
驚愕の事実がつぎからつぎへ。笑

初音みくさんが選ばれたことしかり。
星野しずる俳句版がでたことしかり。
それに、
自由律の連句に、
回文の連句ですって?
しんじられん。

ですが、いちばんのおどろきは、ここにぽぽなさんの名前が出てきたことよ。
 >極月のピアノに映る焔かな ぽぽな

彼女、すごい人物ねえ。

   

投稿: seiko | 2012年1月23日 (月) 13時21分

初蝶やひかりのやうな雨の草      ゆかりり

ゆかりり、はロボット俳人です。
回文歌仙(↓)は、すべての句が回文でした。
さすがに、これにはロボットは参戦できず、作者の「ゆかり」さんが、ぽぽなさんの発句に脇を付けています。

譲りしは闇の火のみや走り梅雨       ぽぽな
    卯の花腐しを仕度縄の鵜         ゆかり

投稿: 乙四郎 | 2012年1月23日 (月) 13時21分

驚きは続きます。
回文連句は掲示板で巻かれていますが、捌き(ゆかりさん)が式目を示して進行していました(↓)。単に回文を集めただけではなく、ちゃんとした歌仙なのでした。
他の巻で連句初心者が参入された時など、その都度懇切丁寧に式目が示され、かささぎさんの捌き同様、勉強になります。(まったく覚えようとしない自分が悪いのですが・・・)
中には、初めて知るようなこともありますが、捌きの流儀であって式目ではないのかもしれません。
回文の巻を全引用したりしたら編集著作権に触れますが、ご縁に免じて、ぽぽなさんの句だけを抽出して紹介します。挙句も見事です。
あちらの掲示板と連句の交流戦ができたら面白いかも。

発句
譲りしは闇の火のみや走り梅雨       ぽぽな
ウの6句目
雪にやさしき岸さやに消ゆ          な
ナオの2句目
芒はらりと鳥等はキスす           な
ナオの5句目
風俗なないろ風呂いななく臓腑        な
ナオの11句目
八日月閨のあの屋根気遣ふよ         な
挙句
遠のき乗るは春の木の音           な

投稿: 乙四郎 | 2012年1月23日 (月) 17時13分

この回文歌仙のひとつ前の自由律歌仙にはロボット達もたくさん投句していました。
ロボットをスマホに組み込んでおけば連句興行が楽になるかも。

投稿: 乙四郎 | 2012年1月23日 (月) 17時31分

こりゃ、第一位にもなるわいな。
初音ミクのライブ(↓)。

投稿: 乙四郎 | 2012年1月24日 (火) 15時31分

早着替え(↓)。当たり前か。

投稿: 乙四郎 | 2012年1月24日 (火) 17時06分

初音みくが唄ってます。
「わたしはただの音源ではない」って。
侮ると痛い目に遭うって。
まさに。いえてる。

音源にバーチャルアイドルを創造して、
いえ、くっつけて、
そのうえ、ばーちゃるなライブまでさせてしまう。
日本の映像ソフト開発者の発想ってすごいね。

ねえ、これって、コンピューターの世界でしか観れないわけでしょ?
パソコンがあれば、テレビも、電話も、ファックスもいらない。
なんでも、これで済ませられるし。
いまにきっと企業だけでなく、一般家庭もそうなっちゃうんだろうねえ。
いや、長生きはするものよ。笑

投稿: seiko | 2012年1月25日 (水) 16時02分

俳句自動生成↓

http://yukari3434.web.fc2.com/yukariri.html

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2012年1月24日 (火)

異界あらば

古墳(ふるはか)に登つたつきり戻らないたましひ三日後ふらりと戻る

四日ほど帰つてこれぬ異界あらば行かな行かなとわが魂(たま)騒ぐ

・・・・・・・・

ときに行く方知れずになりたいなあ。
と思うのは病気だろうか?笑

いえ、ご心配には及びませぬ。
ちょっと風邪気味ではありますが、
わたくし、
まっこと健全なたましい、
まっこと健全なししむらの持ち主でありますゆえ。

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