三面六臂命をかたむけ生きてゆく三十一文字倉庫の君は
父母の世話夫に加へて子と孫に命ひたすら語りべの君
東 京 執行 季雄
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この二首は、先日いただいた寒中見舞いに添えられていたもの。
東京在住の執行先生はいつもこのブログを覗いてくださっている由。
先生、ありがとうございます。
歌を勝手に紹介させていただきましたが、わたくし、そこまで人間のできた人物ではありませぬゆえ。笑
執行先生からのハガキが届いた日、偶然にも東京支部の瀬井さんからの寒中見舞いも届く。添え書きに同じ東京支部の山田さんがやはりここを見てくださってるとあった。山田さん、ありがとうございます。
そして、なんとその二日後。
今度は諫早支部の増輪さんからの寒中見舞いが届く。
読んで今度は本当に驚いた。
ある日の夕食後、お嫁さんがスマートフォンを使って息子さんのお名前を検索なさってて、なんの根拠もなくふと増輪さんご自身が、「わたしの名前はないかしら」とお尋ねになったのだそうな。そしたら、出たんですねえ。このブログが。
ほんと、申し訳ございません。
どなたの了解も取らず、勝手気ままにみなさまの作品をご紹介させていただいている不届きものはヤマシタです。なにとぞご容赦を。
でも、増輪さんのハガキはこう結ばれておりました。
「私の歌と名前が電波にのって宇宙をまわっているように思えてうれしくて、寒の星空を見上げました。セイコさん、ありがとう」
お叱りを覚悟で勝手に引かせていただいてるのに、お礼を言われてしまいました。恐縮のあまり身が小さくなる思いです。
増輪さま、こちらこそ、本当に失礼しました。
そして、ありがとうございました。
でも、これにちょっとだけ勇気を貰いました。
ええ、これからも、この不届きものは、無断でやまなみ会員の作品を紹介させていただこうと思っております。ひょっとしてご自分の名前を検索して、ここにたどり着かれたやまなみ会員のみなさま。申し訳ございませんが、「ああ、あいつはそういうやつだ」とあきらめてご容赦くださいますよう、伏してお願い申し上げます。
かささぎの旗より31文字倉庫のほうがふさわしい話題なのでこちらに書きます。
「星野しずる」について。
星野しずるさんって女性だったのですね(↓)
短歌の自動生成の原理が解説してありました。
① 語彙をあらかじめ、修飾部(s)・名詞部(m)・述部(j)の三つにわけ、さらにそれを音数別の袋(s3~s7、m2~m6、j3~j8)に小わけする。
② 短歌っぽいリズムの「レシピ」(15~20種類)に則って、袋から単語を取り出して並べる。
それだけでした。
二つの語彙の組み合わせによる「二物衝撃」の面白さは語彙の豊富さとはとくに関係がないことを確認したくて、語彙数をあえて500語程度におさえているのだそうです。
語彙は、「現代短歌でよく目にする、いかにもな言葉」に、作者が恣意的に犬とか猿とかを加えています。
作者の言葉
「僕はもともと、二物衝撃の技法に頼り、雰囲気や気分だけでつくられているかのような短歌に対して批判的です。そういう短歌を読むことは嫌いではないですが、詩的飛躍だけをいたずらに重視するのはおかしいと思っています。かつてなかった比喩が読みたければ、サイコロでも振って言葉を二つ決めてしまえばいい。意外性のある言葉の組み合わせが読みたければ、辞書をぱらぱらめくって、単語を適当に組み合わせてしまえばいい。読み手の解釈力が高ければ、わりとどんな詩的飛躍でも「あるかも」と受けとめられるはずだ……。そう考えていました。その考えが正しいのかどうか、検証したかったのが一番の動機です。」
「今は語彙をセーブしてあるため、たくさんつくらせると同じ単語が出てきて少々飽きがきますが、単語を多めに入れて、頻繁に入れ替えていた頃はそれもありませんでしたし。短歌を鑑賞する脳が期待していた以上に刺激されるため、詩的飛躍のある歌を詠む歌人は、もう彼女一人でお腹いっぱいという気持ちになることもあります。この手の短歌を詠むなら「星野しずる以上」をめざしてほしいし、そういう本当に斬新な短歌にもっと出会いたいと思っています。」
「星野しずるの短歌をたくさん読んでいくと、何首かに一首、はっとさせられる短歌を見つけることができると思います。人間ではつくれないような新鮮な暗喩をつかったり、時には逆に、まるで人間がつくったかのような深淵な意味が読み取れてしまう短歌も出てきます。まずはそのおもしろさを楽しんでほしいですね。その上で、人間の持つ「理解しようとしてしまう力」の潜在的な高さについて驚いたり、読み手依存型の創作の怖さに気づいたり、創造性がほんとうに発揮されねばならない場所とはどこなのか再考したりしていただければ幸いです。」
星野しずる、9月22日の作品より。
ゆびさきのどこかで恋のオカリナは悔し涙の香りを殺し
いらだちをたどってゆけば水色の痛みの人のそばでなわとび
嘘つきのふたりを憂うとけてゆくかすかな午後を追いかける母
とくべつな花を追いかけ運命はおどけた街であるかのような
投稿: 乙四郎 | 2010年9月22日 (水) 10時24分